在宅介護と高齢者・家族のケア
高齢者介護とコミュニケーション~「聞く技術」を磨こう
介護保険の在宅サービスを利用して、週に数回ヘルパーさんの訪問を受け、その折に話す機会のあるような高齢者はまだ安心ですが、その一方で自宅に閉じこもり一日中誰とも会話しない一人暮らしの高齢者も増えてきています。
特に母親はすでに他界し、故郷で高齢の父親が一人暮らしをしているが近所付き合いなどもなかなか無いというような場合、その傾向はさらに強くなります。
それが高じて「うつ」を発症したり、悪化させたりする懸念もあります。
会話をすること、そして楽しい話題を共有して笑いあうことは、介護の現場に限らずとも脳の活性化に役立ちますし、日々の生活に彩りも添えてくれます。
高齢者にとっては、脳からのアウトプットを増やすことが脳の老化を防ぐ最良の手段ですが、なかでももっとも手軽に効果を期待できるのが「目の前に相手を置いた直の会話」なのです。
共通の話題を見つけなくちゃ…と、なにも力む必要はありません。
人と人との会話として、血の通った温もりを時どきふっと感じることができるならば、上出来なのです。
ただし高齢者の神経を逆なでしたり、本人が嫌がるような話題は、当然避けなくてはなりません。
ごくたまに長い時間をとって話すよりは、短い時間でもよいので回数を増やして、会話のチャンスをこまめに持つ方がベターです。
会話というと、話し手と聞き手が同じ程度に話をしなければいけないように思う方もいるでしょうが、高齢者の生活・介護の場で交わされる会話では、家族はなるべく聞き手の側に回るのがよいでしょう。
お互いが同じくらいの分量を話しあう「会話のキャッチボール」というよりも、高齢者の話を聞くことを中心にして、話の流れを妨げない程度に時おりあいづちを打っていくスタイルを基本にしたいものです。
「聞くのが8割、話すのが2割」くらいを、大まかな目安にします。
「目の前のお年寄りにとってのよい聞き手となる」ことを、心の中で目指すのです。
家族側から話しかけるときには、はっきりした口調で少しゆっくりめに、ていねいに話すようにします。
過度に大声で話したりすると、人によっては威嚇されていると思うかもしれません。
昔の同じ思い出話を繰り返し話す高齢者も少なくありませんが、「その話はもう聞きました」とばかりに会話の流れをさえぎったり、訂正したりすることは避けましょう。
また程度の差はあるものの、一般に高齢になればなるほど、自分の身体の不調についての悩みやぐちなどが、どうしても増えてくるものです。
高齢者のうつ病~家族の対応と気づき・治療の注意点
在宅での介護や高齢者の日々の生活において、家族が注意を払うべき病気のひとつに「うつ病」があります。
一般の皆様へ「うつ病って何?」(JCPTD委員会)
うつ病そのものの患者数は、10代からほぼ全世代に渡ってまんべんなく分布しているものの、実はうつ病の患者数がもっとも多いのが、いわゆる「後期高齢者世代(75歳以上)の女性」なのです。
長年連れ添ってきた配偶者に先立たれ、地域の親しい友人たちも病気がちでめったに会えない、そして櫛の歯がかけるように毎年誰かが亡くなっていく、そして子供たちは都会の会社勤めで年に1~2回しか戻ってこない・・・といった高齢女性の単身世帯は、潜在的にうつ病発症のリスクがかなり高いことに注意が必要です。
女性に限らず、年々新しいことに対しての気力が衰え、身体的機能や感覚が衰えて自宅に引きこもりがちな高齢男性もまた、うつ病になるリスクは決して低くありません。
もちろん、配偶者に先立たれた高齢者が皆うつ病や認知症になるわけではありません。
また認知症にはうつ病ときわめて似た症状を示すものもありますが、うつ病は認知症と異なり、精神療法や薬物療法によって治すことが可能です。
高齢者本人は通常、うつ病に対する知識をほとんど持ち合わせていませんので、家族や周囲の人間が本人の行動にふだんと違った何かを感じたときは、うつ病を(あるいは認知症を)疑い、精神科・神経内科の専門医に相談し、本人に適切な診察を受けさせることも必要です。
自殺既遂者の8~9割にはうつ病を含むなんらかの精神障害があるというデータもありますが、うつ病を原因とする高齢者の自殺も相当数にのぼると考えられています。
本人の症状の変化を見逃し、これを放置することは重大な結果につながる可能性があるため、家族としては予防的に行動していく必要があります。
高齢者の住まいの見直し~在宅介護がし易い居住環境をつくる
高齢者が長年住んできた自宅での在宅介護生活がいよいよ現実になりそうなとき、住み慣れたその家が、身体的機能が衰えてきた本人そして介護する家族にとっても、安全で機能的なつくりになっているかどうか一度チェックしておきたいものです。
たとえば数十年前に建てられた地方の古い一軒家に親が住んでおり、そこがそのまま介護の現場になりそうな場合を想定してみましょう。
「家族による在宅介護」などは建築時において想定すらしていなかったはずで、在来工法による和風家屋のつくりも、畳の寸法が全体設計のベースとなっているはずです。
これまで本人が布団を上げ下げして寝ていた四畳半や六畳間に大きな介護ベッドを入れたうえ、介護者がそこから本人を抱え起こしたり、あるいは車いすに乗せたりといった動作をスムーズに行うことが、現状のままで果たして可能でしょうか。
介護の動作に慣れたホームヘルパーならまだしも、高齢の配偶者や中高年の子供が狭いスペースに四苦八苦しながら行うようでは、毎日のそのような動作の繰り返しだけで、介護者は疲れが積み重なってくたびれ果ててしまうことでしょう。
長年住んでいる間に、もはや使いそうもない置物や家具などが部屋の隅を占領している場合には、それらも片づけなければ、介護する側の動作を大いに邪魔しそうです。
トイレや階段に手すりをつけたり、風呂場に転倒防止のマットを敷くことなどは、誰でも割と気がつきやすいものです。
しかし、たとえば車いすの生活となった場合などに、病院や介護施設までの往復時の車の乗降のしやすさ、あるいは玄関から居室・リビングから寝室にいたる様々な「生活導線」をいかにスムーズなものにするか、さらに介護者が本人と一緒に出入りした場合のスペースの確保が十分か、などの点にはなかなか想像が及ばないため、対応は後手に回りがちです。
在宅医療と在宅介護の関係~現状と問題点
在宅介護においては、高齢者が何らかの病気の治療を受けながら、同時に家族の介護を受けているのが普通のはずです。
そして、本人の状態や体調が悪化したときはあわてて病院へ連れていく…ということになりがちですが、医師に自宅に診察にきてもらう「在宅医療」については、どれくらいご存知でしょうか。
国が「在宅医療の推進」に力をいれているにもかかわらず、在宅介護に追われる家族の多くはその中身をよく知らない…というのが、どうも現実のようです。
「在宅医療」とは、通院が困難な患者の自宅に医師が訪問して、医療サービスを提供するものです。
在宅医療は、医師が計画的に訪問して医療を行う「訪問診療」と、臨時に医療サービスを提供する「往診」の二種類があります。
一般的には、動けない患者の状態が悪化したときだけ急いでお医者さんを自宅に呼ぶようなイメージが強いですが、これは「往診」で、「訪問診療」と区別されています(医療保険の診療報酬点数が違ってきます)。
これからの在宅医療については、あらかじめ「月4回、毎週×曜日」のように往診する日を決めて行う「訪問診療」のシステムそのものと、そこで提供される医療の質を中心に、考えていく必要があります。
もちろん、緊急の手術や集中的な治療が必要なレベルの人の場合、病院での医療が必要かつ優先されることは当然です。
今日の日本では、専門設備の整った病院で治療することで、はじめて高水準の医療が受けられるようになっていますから、治療レベルの絶対的水準という点では、現在の在宅医療は病院治療にとうてい及ぶものではありません。
しかし在宅医療の目的は、少し別のところにあります。
寝たきりであるが病状が安定しかつ進行がゆるやかで、医療の緊急性よりも介護がベースになっている場合、あるいは本人が入院を望まず「自宅で治療を受けたい」と希望するような場合は、在宅医療のほうが適しているはずです。
入院治療は病気そのものの治療に最適であっても、家族との交流や生活の快適さなど本人の生活の質を損なうような、ある種の犠牲の上に成り立っています。
平成21年度の内閣府調査では、「自宅で人生の最期を迎えたい」と希望する人が、全体の54.6%に上りました。
医療的な処置が終わった後の長期間の入院が基本的に難しく、また介護施設への入所も長期間の順番待ちを余儀なくされるいま、「できるものなら、住み慣れた自宅で治療を続けたい」ということへの潜在的ニーズは、相当あるようです。
このような本人の希望と意思を尊重するならば、患者側が今よりもっと在宅医療を選びやすい状況を社会的に整えていくことが、必要なはずです。